Flow of ask

ほぼ日常に関することや愚痴を中心に、趣味などを。更新は月一がいいほうです。

【流離いの教師】著:禄十郎



煙管を蒸した青年はタッタッタと街中を歩いていく。
誰もが振り向くその異様な姿は明治を思い出すような服装。
目つきの悪さ、眼帯を含め皆が青年を避けるように道を開けその間を彼は風のように早々と歩いていく。
煙管からは禍々しい煙が出ている。
その煙を吸って朦朧とする通行人も出始め、その場は大騒ぎとなった。
しかしその頃には既に青年の姿はなく、度々青年の姿が目撃されるが気がつけばすぐにいなくなる。
そうして都市伝説、『煙の男』となったのだ。
そんな中、田舎に近い村で唯一の教師がいた。
旅人で教師という肩書きを持つ男は名を『禄十郎』と名乗り村に居る子どもに勉強を教えていた。
村の大人たちは最初は禄十郎を村に招くのが正直気が引けたのだ。
何故なら、禄十郎の容姿が都市伝説として騒がれている煙の男と酷似している。
だが招いてからは大人たちは心底安心していた。
禄十郎は無愛想ではあるがちゃんと勉強を教えている、まともな教師だからだ。
――「ロク先生!これ見てください」
――「ロク先生来てください!」
――「ロク先生!」
子どもたちも禄十郎を慕っていたが、村の長は禄十郎のある言葉に疑問を抱いていた。


「小生の教え子は、最初で最後しかいない」


禄十郎は流離いながら様々な場所で教師をしている。
なので教え子は数多くいるはずだが、彼は教え子は最初で最後しかいないと言った。
つまり教え子はたった一人しかいないということだ。
そしてとある日、村で騒動が起きた。
子どもたちが麻薬中毒にかかり、医療機関に運ばれたのだ。
皆はすぐに禄十郎に目をつけたが時すでに遅し。禄十郎は村にはいなかった。
世間では麻薬教師として騒がれ始めた。
しかし、時間が経つにつれて禄十郎の噂はなくなっていった。
禄十郎の出生を知る者はいない。
何故なら彼はこの時代の人ではないのだから。
禄十郎は街の中を歩いていた。彼を見るものはいない。
キセルから出る禍々しい煙にさえも誰一人振り向かない。


(恐ろしい国だな、日ノ本は)


禄十郎は煙を吐き、その場を立ち去った。
――――『怪物の子』
近所やすれ違う度に言われた台詞。正直もう聞き飽きていた。



江戸時代が終わりを告げる頃、彼は生まれた。
茶髪にマゼンタ色の瞳の少年。仲のいい夫婦は少年に禄十郎と名付けた。
彼は変わっていた。
同い年とも年上とも年下ともつるまず、一人でいることが多かった。
運動より読書が好き。
大勢より一人が好き。
世間より瓦版が好き。
本当に彼は変わっていた。
だが成績は良く、物知りであったため人気の的であった。
彼が怪物の子と呼ばれる原因がある事件がきっかけだった。
その日もいつも通り。何も変わらない時間が流れていたのだ。そんな学び舎で異変が起こった。
【毒ガス騒動】である。
学び舎の下には毒素が溜まっており、何らかの原因が下で排出したのだ。
学び舎にいた生徒や教師は禄十郎以外死んでしまった。
毒ガスは学び舎に充満していたにも関わらず、禄十郎はただ一人平然として生きていた。
大人たちは愚か、両親ですら彼を蔑んだ。
禄十郎自身、蔑まれるのはどうでもいいことだった。
ただ、実の両親が自分の生を喜ぶどころか自分を避け始めたのことが悲しかった。
それ以来なお禄十郎は人を嫌った。


そんな中、江戸時代は姿を消し明治に入ると町は次第に変わっていった。
禄十郎以外はほとんど和風から洋風へと変わり始める。
彼は勉強に励み教師となった。
当時、戦争があるたびに民を戦争に駆り出されるが、教師のみ戦場に赴かなくていいのだ。
それを知った両親は禄十郎に抗議しに来た。
だがそれは禄十郎の一言により、あっという間に追い返された。


「小生を捨てたのはお前らだ。何しに来た。帰れ、愚れ者」


既に禄十郎の中では両親ですら他人だった。
綺麗なマゼンタ色の瞳も、もう虚ろで黒く染まっていた。
禄十郎は煙管を使うことが多くなった。
禄十郎は薬を呑むことが多くなった。
禄十郎は故郷を捨て旅をするようになった。
戦争にも目も呉れず。いつしか禄十郎は人間ではなくなっていた。




過去を思い出し、禄十郎は目を閉じた。



「ロク先生」


閉じていた目を開き、禄十郎は大きな欠伸をした。
それを見て禄十郎を呼んだ学ランの少年が苦笑いを浮かべていた。
少年こそ、彼が言う最初で最後の教え子である。
戦争が続く時代に生まれた少年は一匹狼である禄十郎に懐いていた。


「先生。僕様は間違っていたのでしょうか」


少年は顔を隠すように紙をつけている。
禄十郎はすぐに答えられなかった。
少年の家庭は知ってはいたが、正直禄十郎は感情がわからなかった。
家族の問題などわかるはずがない。
だが声色が震えている少年に、禄十郎は「自分を信じろ」としか言えなかった。
少年はその答えを聞いて安堵した。
その様子を禄十郎は他人事のように見ていた。





目を開けるとそこは目の前には防空壕
見覚えのある防空壕がある。いつの間にここまで来たのだろうか。
禄十郎は考えることを放棄し、防空壕に入っていく。
やけにただっ広い防空壕の奥に近づくにつれ、だんだん錆びた鉄パイプが目立つようになっていく。
そして水の音。何かが溺れているような――――
禄十郎は走った。
奥に行くと、扉が開いておりそこから水の音と誰かの声がする。


「……あのバカ野郎」


彼はそうつぶやくと真っ暗闇の扉に入っていった。
暗闇を抜けるとどこかの沼地についた。
沼からはぶくぶくと泡が上がっており、そのそばには少年がいた。
禄十郎はその少年に見覚えがあった。
彼の教え子はさきほど潜った扉の番人になり様々な世界へと行けるようになっている。
その世界の一つ、灰色の世界の少年だ。


「オイ、灰色」


少年は目隠しをしているが、声を聞いて禄十郎を見る。
彼は沼を指差して「衛さんが、」と呟く。
それを聞いて禄十郎は腕をまくり、沼に手を乗っ込んだ。
そして彼は何かをつかみ、力いっぱい引き上げるとそこには番人の教え子。
幸い息はしているようで教え子は咳き込んだ。


「俺の許可無く死のうとしてんじゃねえぞ」


教え子は相変わらずですね、と悲しそうに笑っていた。
それ以来、禄十郎はちょくちょく教え子の様子を見に行くようになった。
自分でも何故こうしているのかがわからなかった。
初めて、他人を心配する自分がいる。
初めて、他人の死を怖がる自分がいる。
初めて、他人に興味を持った自分がいる。
そのことに戸惑いを隠せないがどこか納得する自分もいた。



――――怪物の子にも心がありました。



昔々、あるところに『怪物の子』と呼ばれた少年が居りました。
少年は自分なりに平凡に暮らしていました。
両親ですら少年を毛嫌い、蔑んでいました。
少年は他人が嫌いになりました。自分を守りたかったのです。
大人になって少年は教師になりました。
戦争が始まっていたので、少年は教師になったのです。
両親はそれを知ったとたん少年に教師にはなるなと言いだしたのです。
少年は両親の言葉を無視したまま、縁を切ったのです。
少年は青年となりました。
青年は麻薬に溺れてしまいます。
愛と金と薬さえあれば生きていけると世界が決めた日に、
青年は最初で最後の教え子と出会いました。
青年は教え子に試練を与えました。
青年は世界に絶望しました。世界は終演を迎えようとします。
青年は教え子から心を教わりました。

青年は、怪物の子です。
だけども、けして、心は疑わないで。




青年は今でも泣いているのです。




悲しんでいるのです。





――――怪物の子の涙を疑わないで














愛と金と薬が在れば
生きていけるなんて
言う依存者は数多く
だからなんだと問うてみれば
人は生きる意味を知るだろう


愛は盲目鑪踏めば
安らかな心地よきかな
金は欲望人殺めば
そなたはただの罪人さ
薬は錯乱一つ呑ば
あらあらリン酸寄ってけや

嗚呼
人は皆儚い精神をお持ちで
嗚呼
彼はよいよい泣く子はいねが


愛と金と薬が在れば
人は目が眩むだろう
馬鹿な人種さ呆れ顔
この世も既に終わったな


恋は盲目四隅を見りゃ
泣くあの子は笑ってるさ
生は延命行きはよいよい
還りは怖いぜお嬢ちゃん
核は煩悩それ見ろリンリン
人などすぐに息絶える

嗚呼
泣かないどくれ私の生徒
嗚呼
扉の門番任されて

嗚呼
共に参ろう腐る世を
嗚呼
私もとうに死んだのかな


愛と金と薬が在れば
この世の憂さを晴らせませう
理不尽すぎるこの世から
逃げ惑う術を与えませう

愛と金と薬が在れば
ほれ見ろこの世は終演だ!