Flow of ask

ほぼ日常に関することや愚痴を中心に、趣味などを。更新は月一がいいほうです。

【扉ヲ衛リシ番人ノ泪】著:衛





――――もう何百年とこの扉の前にいる。



少年に名前はない。ただ、『扉を護りし者』だから「衛」と灰色少年に言われた記憶が新しい。
その子は尋ねた。「扉から離れられないの?」と。
少年は答えた。「扉を護らなければいけない」と。
このやりとりも新しい。何回も繰り返されたやりとりなのだから。
彼にも見えない彼らにも見えない。
少年の周りには爛れた蠢くパイプ管やら瞬きをする目玉のオブジェ。
ギロチンには血の錆がこびり付いている。
パクパク動く大きな牙が見える口も、少年の指示で動いている。


こんな一見囚われのお姫様、みたいなポジションを何百年も続けている。
彼が門番に選ばれたのは人間の姿の化物だから。
不老不死…というのもあってここの見張りを頼まれたのだ。
それからこんな幻覚のような物が見え始めてしまいにはもう何百年も経っていた。
この扉は絶対開けてはいけないもの。
以前、この扉を開けたら黒い塊がたくさん溢れ出たことがあった。
世界が黒くなった気がした。空も、人も、何もかもが。
世界が黒くなった刹那、爛れたパイプが少年の指示ではなくパイプ管の意思でなのか世界の黒いモノを消した。
世界は何事もなく、再び時を刻み始めていた。



――――僕様は、前までは人間だった。


少年(以下衛)が生まれたのはもう何百年も前の10月頃だった。
当時は戦争なんて当たり前。戦争で罪のない少年達庶民が死んでいく理不尽な世界だった。
上の人達なんとも愚かで劣悪な人間もどきなのだろうか。
衛は当時は学生。そして多くの兄弟達に囲まれて、家族の幸せを送っていた。
彼は顔が嫌いだった。
兄弟達は父親似、衛は母親似。彼の父親は母親似の衛をいじめ抜いた。
衛の母親は彼を生んだ時に体を悪くして、5つ下の妹を生んでから寝たきりになってしまったのだ。
それを父親はよく思っていないのだろう。ストレスを母親にぶつけられない分を衛にぶつけていた。
それから、衛は顔を紙で隠した。お面がわりにと兄からアドバイスを受けて。
だがそんな日々はすぐに終わりを告げた。

あの、醜い戦争が始まったのだ。
彼の父も彼の兄も戦争に駆り出され、唯一家族の支えになった姉と彼は死ぬ物狂いで働いた。
防空壕の確保、食料の確保。
その時だった。彼が、防空壕の奥深くでとある扉を見つけた。
当時では考えられないような鉄でできた扉。


「……こんなもの、あったか…?」


彼がその扉に触れた刹那、扉が脈を打った。
無機物が脈を打つなど普通ならば考えない。衛も驚いて後ずさりする。
すると扉の周辺の壁からパイプ管が伸びてきた。
そのパイプ管には目玉や口のオブジェがあり、すぐさま彼を囲んだ。
まもなく、彼の国は戦争に敗れることになった。






僕様はいろいろな世界を見てきた。



ドッペル少女の世界。全人類の顔を求める女の子。


灰色少年の世界。哀しみに満ちた世界を灰色変えた男の子。


ALICEの世界。不思議の国に迷い込んだ女の子。


少将の世界。世界に呆れた軍の青年。


ピアニストの世界。全人類の魂を食べる女性。


そして先生の世界。流離いながらの教師。



皆それぞれの世界で生きている。それが交わって僕様は生まれた。
爛れたパイプ管達がざわめいている。


――〈マモル、マモル〉
――〈君ハマモル。扉ヲ衛リシ番人〉
――〈泣イテルノ、辛イノ〉
――〈ワタシタチハ貴方ノ味方〉
「もう黙って」

――〈可愛イ可愛イマモル〉
――〈ワタシタチノ可愛イマモル〉
「聞きたくないです」



声を聞かないように目を閉じた。







夢を見た。
錆び付いた線路沿い。
古びたお寺からは埋葬連鎖、埋葬の煙の道標。
そう、それはあの時だ。あの、戦争が終わったあとの世界の風景。
人の焼ける匂い、人の死体死体したいシタイ…まさに地獄絵図だった。
唯一無事だったお寺が埋葬をしていた。住職は僕様を見るなり色々と話してくれた。
僕様を知っていて、僕様の姿を見て何をしているのかを、見透かしていた。
現実逃避したくても目の前のそれが真実なんだ。

――――真実ナンテ隠セルヨ

――――君ガ見テイル、真実ハ

――――偽物カモシレナイヨ?

姿を隠す司会者が言う。
その声で気づいたんだ。何もかもが、全部全部、まがい物なんだって。
だけども僕様は求めていた。
求めていたものは、ものはなんだっけ?
人物?空想?妄想?
なんだろう、思い出せない。

僕様の名前は?

僕様は誰?

僕様は何をしていた?

僕様はどうして生きている?




――オマエハドウシテイキテイル?



夢を見た。
学ランを着た僕様。きっと今の人達にとったら珍しいだろう。
帽子をかぶってお面がわりに紙で顔を隠して、傍から見れば不審者のような僕の姿。
鏡は嫌い。見たくない自分自身の裏まで見えてしまうのだから。

夢を見た。
とても懐かしい夢を見たんだ。
僕様がまだ、ちゃんとした人間だったころの夢。
先生は僕様だけきつく指導してくれた。先生は優しい人だった。
先生は僕様の憧れの人。でも先生もきっとあの戦争で死んでしまったんだろう。
戦争なんて醜い、醜すぎて吐き気がする。

夢を見た。
哀くんが死ぬ夢を。
可笑しいな、あの声は哀は不老不死だって言ってたのに。
でもすごく恐ろしかった。
せっかく僕様の友達になってくれる人が現れたのに。また一人になるところだ。
人が死ぬのは嫌だ、今も昔も。

夢を見た。
僕様は水の中にいた。
苦しい、夢じゃ――――ない。
ゴポゴポと僕様の口から空気が逃げていく。キラキラ光る水面があんな遠くにある。
相変わらず、僕様の周りには爛れたパイプ管らが僕を離さないように腕を縛っている。
苦しい、息ができない。
顔につけた紙が溶けていく。助けて。
誰か、僕を見つけて。


……――――嗚呼、思い出した。そうだ、僕は。
誰かに助けて欲しかったんだ。
辛い辛い、牢獄から。牢獄の扉の前で、僕はずっと。
負の感情と共に数百年間生きてきた。爛れたパイプ管たちは元は僕様の兄弟たち。
戦争で死んでしまった僕様の大切な家族だ。
そうだね、一緒に沈もう。


水の底まで……永遠に……――――



すると、水面から何かが伸びてきた。
それは人の腕。
その腕は僕様の手を握ると、ぐいっと力任せに引っ張った。
勢いが強く、僕様は水面にあげられた。
咳き込みながら何事かと把握する前に誰かに抱きつかれた。哀くんだ。
そしてすぐさま頭上に響く痛み。
哀くんに抱きつかれながら上を見ると、逆光でわかりにくかったが、あの人がいた。
キセルを持ち、趣味の悪い眼帯をしたあの人が。


「俺の許可無く死のうとしてんじゃねえぞ」


嗚呼、貴方は相変わらずですね。
























――――禄十郎先生。









扉ヲ衛リシ番人ノ泪ヨ
機械に包まれた顔隠し
扉ヲ衛リシ番人ノ泪ヨ
さあ光の先へ歩きだそう



爛れたパイプ管潜り抜けて
目玉のオブジェこちらへよいよい
ギラギラギロチン血錆びてる
延びてく口元噛み砕け
いつの日か
人類滅亡 灰色世界
暗雲低迷 四捨五入



扉ヲ衛リシ番人ノ泪ヨ
電脳世界で何を知るのか
爛れた世界の真ん中で
衛リシ番人は立ち尽くす



錆びた線路沿い
軋む古寺
埋葬連鎖の道標
現実逃避の眩む司会者
全部が全部紛い物

求めたものは
あるはずのない空虚な架空な
人類空想妄想連想埋葬郵送螺旋の魔
仏説摩訶般若波羅美多心行の解
手を伸ばした場所はただの空欄
目を凝らした先にはただの空間
声を出した相手はただの死体

最後に戦ってあげようか
最後に守ってあげようか
僕様の声がする
助けて欲しいの
ああああああああああ...



扉ヲ衛リシ番人ノ泪ヨ
扉の前で佇むそれだけ
衛るモノを守るだけ
ただの人形になり果てようとも



扉ヲ衛リシ番人ノ泪ヨ
扉ヲ衛リシ番人ノ泪ハ
扉ヲ衛リシ番人ノ泪ガ
扉ヲ衛リシ番人ノ泪ヲ
扉ヲ衛リシ番人ハ




ソコニイル